Keio University 文学部

抗日戦争から生まれた文学に感じる
戦争や人間を見すえる確かな目

関根 謙 教授

関根 謙 教授

 中国文学の中で、日本の中国侵攻が激化する1930年代の都市文学が私の研究テーマです。
 たとえば南京大虐殺(南京戦)を扱った中国最初の小説にアーロン(※1)の『南京血祭』という作品があります。戦争物といえば、日本人がステレオタイプに描かれるものが多いのですが、この小説は忠実な見聞をもとに戦争がリアルに描かれ、倫理的に敗北する日本人が登場するなど、これまでと全く異なる、迫力に満ちた作品でした。一読して心を打たれ、『南京慟哭』という題で翻訳しました。この本を読むと、戦争の重み、戦争と人間の生き方、日本と中国の宿命的な関係など様々なことを考えさせられます。
 実は『南京血祭』は、国共合作で誕生した連合政権の肝いりで公募され、第一席となった作品でした。書かれたのは1939年ですが、複雑な事情により抹殺され、一般に公開されたのは、半世紀後の1987年だったのです。1930年代は国共合作で民族の一致団結した時代のようにみえますが、文学にとっては大きな拘束になっていたのでは。そんな疑問が研究の出発点になっています。

現代のエネルギッシュな作品も翻訳し紹介したい


現代の重慶市。日中戦争で首都だった南京が陥落すると、1938年に首都機能を移された。

 現代の小説の翻訳紹介にも力を入れています。たとえば、重慶のスラム街出身の女流作家、ホン・イン(虹影)の自伝的長編小説『飢餓の娘』。目を背けたくなるような悲惨な環境から生まれた彼女の文学もまた、一筋縄ではとらえきれない中国の姿を描き出しています。最近「三田文学」が私の翻訳「遠河遠山」を掲載してくれましたが、これは山東省の中堅作家チャン・ウェイ(※2)の作品で、文革の悲惨な歴史を心象風景的に描いた異色作です。このほか北京の孤独な若い女性の凄烈な独白を綴った『プライベート・ライフ』チェン・ラン(陳染)原作もぜひ読んでもらいたい作品です。
 中国文学は、政治や革命と切り離せないと思われるかもしれません。でも、同様の状況は世界の至る所にあります。人々が生きて、愛し合い、仕事に打ち込む姿は、どんな世界でも変わりません。困難な状況は、人間や物事をしっかりと見つめる目を育みます。近年のグローバリズムで価値観が単一化する傾向にあり、文学的な営みは難しいのではと感じることもあります。だからこそ、人間の魂の叫びが聞こえるようなエネルギッシュな作品をこれからもしっかり紹介していきたいと考えています。


関根教授の研究プロフィール

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