ドイツの文豪ゲーテは、作家、批評家、政治家など多様な顔を持ち、「形態学」や「色彩論」など自然学の分野でも業績を残しています。その仕事は一筋縄では捉えきれません。私は、20世紀の思想家W・ベンヤミンや哲学者L・ウィトゲンシュタインが、ゲーテをどう受け止めたかを出発点に、ゲーテの仕事の意味を探っています。

ゲーテが生きた18世紀後半のヨーロッパは、自然科学が急速に発展し、自然科学的な見方や考え方が知の各領域を席巻し始めた時代です。自然科学は物質的な対象を抽象化・数値化して客観的・理論的に「説明」することを重視します。しかし、ゲーテは、世界観の基礎を自然科学に譲り渡すのは間違いではないか、精神と物質をともに視野に入れる自然学があるはずだと考えつつ、さまざまな自然現象を研究しました。

ベンヤミンは、こうしたゲーテの考えを歴史研究に応用しました。ある歴史上の出来事を物語的な文脈の中で「説明」すると、それは時の流れの中の一点に過ぎなくなる。それより、いくつかの出来事を大きな「イメージ=絵」としてまとめて「直観」するほうがリアルなのではないかと考えました。また、ウィトゲンシュタインは、言語哲学の分野でゲーテ的な見方を取り入れています。「真理とは? 善とは?」という問いに言語で上手に答えようとする伝統的な哲学に対し、私達は説明できなくても「真理」や「善」という言葉の使い方は知っており、言語で「説明」を試みようとするから却ってわからなくなるのだと。歴史や言語だけでなく、ゲーテの考えは、さまざまなジャンルで応用できるはずだと私は考えています。

「ゲーテ自然科学の集い」で
多様な研究を結びつける

理論的な説明や、原因と結果の因果律に縛られると、人生や世の中を「こうしたい」という意欲や希望がなくなる。そこから解き放たれることで、人は生き生きと生きられるのではないでしょうか。

私は一昨年より、「ゲーテ自然科学の集い」という学会の代表を務めています。ここでは、文学だけでなく、芸術、哲学、美学、医学、など多様な研究者がゲーテを出発点に活動しており、学会誌『モルフォロギア』は刊行されて30年以上になります。さまざまな領域で既成の思考が行き詰まっている現代。多種多様な領域の研究を有機的に結びつけ、人間がいきいきと未来に意欲を持って生きるための活動ができたらと考えています。

ゲーテ自然科学の集いの
学会誌『モルフォロギア』(1978年創刊)。