イギリスを中心としたヨーロッパ中世の文学を専門に研究しています。特に、最近力を入れているのが、挿絵入り本の研究です。14~15世紀の写本や、グーテンベルクのすぐ後の時代に印刷された本を対象に、挿絵とテキストとの関係性について調べています。

当時の挿絵入り本でもっともポピュラーなのが、時祷書(じとうしょ)とよばれる、一般のキリスト教徒用の祈祷書です。祈祷文や詩編をまとめたもので、信仰や礼拝の手引書として使われていました。挿絵として、キリストの生涯が描かれるのは当然ですが、余白にはテキストと全く関係ないふざけたマンガのようなもの、猥雑な絵や、ロマンスや古代ローマの物語が連続ドラマのように描かれたものもあります。これらは一見本文と何も関係なさそうですが、挿絵にこめられた比喩的な意味を考えることで、その意図を明らかにでき、テキストとの関係が見えてくるのです。こうした研究には、中世文学やキリスト教文化史はもちろん、書物史や美術史、図像学など幅広い知識が欠かせません。

挿絵は、直接的あるいは間接的に読者の作品解釈に影響を与えています。見方を変えれば、挿絵とテキストの関係を分析することで、読者がその作品をどう解釈していたかが見えてきます。当時の本を通して、中世の人々の心のあり方に切り込んでいく。そこに研究の面白さを感じています。

読者の解釈が作品を大きく育てていく

私は、14世紀に書かれたチョーサーの『カンタベリー物語』についても研究していますが、作品がどう読まれたのか、読者の痕跡を掘り起こして、作品解釈に反映させたいと考えています。

『カンタベリー物語』では、さまざまな身分や職業の人が、自分の知っている話を順番に語っていきますが、話のジャンルは多岐に渡っていて、なかには猥雑な話も含まれています。19世紀の読者は、猥雑な話を好まず、本から削除したりしたのですが、20世紀には、逆に猥雑な話だけが翻訳されたり、映画化されたりしました。このように近代の読者は、話に優劣をつけて分けて読む傾向があります。ところが、中世の読者は読みたい話を読みたい順番で読んでいました。近代では文学は高尚なものという見方が出てきますが、中世では読者が自分自身の基準でもっと自由に作品を楽しんでいたのです。

作品は作者が生み出すものですが、読者はそれぞれ自分の背景を持って作品を読み直します。時代や地域を越えて多くの読者に読まれることで、読者が作品の世界を広げ、作品自体を大きく育てることがある。そうした読者と作品の関係を、これからも研究したいと考えています。

挿絵入りの貴重本をデジタル化してウェブ公開し、
研究に役立てている。