私の専門は中世経済史ですが、現在は15~16世紀にかけて起こった、貨幣システムの崩壊について研究しています。

金属貨幣は古代にも用いられましたが、10世紀にいったん消滅します。その後、米や布が貨幣の役割を果たしていましたが、12世紀の終わり頃から、主に中国から輸入した渡来銭が使われるようになります。経済の発展に伴って、より便利な金属貨幣が必要となったのでしょう。中国の歴代王朝が発行した様々な銭が流通しましたが、どんなものでも一枚一文。今でいえば、100円から150円ぐらいの価値でしょうか。

政府が正式に発行していない貨幣ですから、初め、朝廷は使用を禁止しようとしましたが、うまくいきません。渡来銭は社会にしっかり定着し、流通します。こうした社会の自律性の強さも面白いところです。貨幣の金属自体の価値は一文に満たない上に、政府が価値を保証したわけでもないのに、みんなが価値を認めて使っていたわけです。

ところが、15世紀になって貨幣システムが崩壊します。その原因を探るのが、私の研究の大きなテーマです。いまは、生産の問題に注目しています。当時、日本各地で大量生産が始まっていることが、考古資料などからわかります。能登の珠洲焼に代わって、大量に作れる越前焼が台頭してきたり、瀬戸焼も大きな窯で焼くようになりました。大量生産の広がりが経済の構造を変え、貨幣システムの崩壊に影響を与えたのではないか。この仮説を検証するために、15~16世紀の古文書や各地の考古資料を読み込んでいます。

お金というものをどう考えていたのか

経済の歴史を見ていく中で興味深いのは、一般の人々のものの見方や考え方が浮かび上がってくることです。たとえば、政府の保証もなく、素材価値の裏づけも乏しいのに、渡来銭を貨幣として信用してしまう大ざっぱさ。現在の大不況の引き金となったサブプライム証券も、あいまいな根拠で信用を勝ち取り、多くの人に購入されましたが、その問題とも通じるところがあるかもしれません。

これからは中世の経済を研究しながら、中世の人々の思考も解明していきたいと思っています。いわゆる思想史とは少し異なりますが、お金というものをどう捉えていたかといった、民衆のスタンダードな思考様式、彼らの発想に迫っていけたらと考えています。

ゼミ生と日本銀行貨幣博物館を訪問し、
中世に広く使われた渡来銭を見学。