倫理学専攻をもつ大学は日本ではそう多くはありません。慶應義塾大学の文学部に倫理学専攻が存在するのは、哲学・倫理学・美学という昔からの学問区分に従って哲学科を設立したときのなごりです。哲学が認識や存在などの理論的なテーマを主に取り上げるのに対して、倫理学は、人としての生きかたや社会のあり方を問題としています。どう生きるべきかということは、個人の価値観にゆだねられているように思われがちですが、倫理学は、高度に理論化されている客観的な学問なのです。
私は学部生時代に、応用倫理学という分野に興味を持っていました。これは倫理学の理論を現代社会にどう応用するかということを考える分野で、生命倫理や貧困、格差などの社会的な問題を倫理学の観点から解明しようとするものです。ただ私の場合、そういった問題を取り組む前に、考える際の基準となるような理論をまずは身につけなさいという指導教授の言葉がきっかけとなって、18世紀ドイツの哲学者カント(Immanuel Kant)の特に法哲学・政治哲学を研究するようになりました。法は個々人がどう生きるべきかにではなく、社会的な意思決定や制度の正当性に関わるものです。その違いを理解することは、現代の諸問題を検討する際にも非常に重要です。