私の専門分野は18世紀のフランス文学と思想全般です。なかでも四季の変遷とともに移り変わる自然の諸相と、その中に生きる人間の情緒的経験を描いた18世紀特有のジャンル、描写詩を中心に研究を進めてきました。「描写詩」という言葉は耳慣れないかもしれません。実は、フランスでもあまり研究の進んでいないジャンルです。
18世紀のフランスと言えば、世紀の終わりに、近代民主主義の確立に大きく影響したとされるフランス革命の起こった時代であるとか、モンテスキュー、ヴォルテール、ルソーなど多くの思想家が活躍した「啓蒙の世紀」であるというイメージが強いかもしれません。そして、20世紀後半の18世紀研究において注目を集めたのはこうした思想家たちの著作であることも確かです。そのような状況で、一部の文学ジャンル、特に韻文についてはフランスでも本格的な研究対象となることがありませんでした。「18世紀は哲学の時代であり、詩的精神は死滅した」とみなされることすらありました。私の研究は、こうした考え方に疑問を抱いたことから出発しています。
実際、描写詩をひもといてみると、詩人たちはさまざまな自然現象、多様な植物や動物、そして人間の細やかな感受性の動きを描く行為を通して、同時代の思想家と同様、事物の本性を解き明かそうとしていたことがわかります。18世紀には思想家ディドロとその協力者たちのたゆみない努力により、当時の知の集大成である『百科全書』が編集、刊行されましたが、詩人たちもまた、自然の事物の描写を通して百科全書的知に到達しようとしていたのです。