1. 西洋哲学倫理学史
  2. 諸特殊哲学
  3. 倫理学
  4. 美学美術史学
  5. 社会学
  6. 社会心理学
    (およびコミュニケーション研究)
  7. 文化人類学
  8. 日本研究(民俗学)
  9. 心理学
  10. 教育学
  11. 人間科学

はじめに

心理学専攻で学ぶ学生諸君に推薦する本を選ぶ時に突き当たる2つの問題がある.1つは,実験心理学という学問のアプローチの仕方が実証的な研究に基づいた新しい事実の積み重ねによるところが多いために,これらの事実をまとめて紹介した本が,すぐに古くなってしまうことである.もう1つは,この学問が1世紀を越えたばかりの新しい分野であるために,欧米における研究の量と我が国の研究の量とに圧倒的な層の厚みの違いがあって,論文においても研究書や教科書においても外国語で書かれたものを参照することが多いことである.

しかしこの特集では,学生諸君が比較的手に入れやすい,日本語で書かれた書物を紹介することが目的であるから,外国語で書かれた書物については出来るだけ触れないでおこうと思う.もしこれらに興味があれば,教員に直接問うなり,実験心理学の基本的なハンドブックである,R. C. Atkinson, R. J. Herrnstein, G. Lindzey, R. D. Luce 編の “Stevens' handbook of experimental psychology" (John Wiley & Sons, 1988) (2nd Ed.) 及び,Hal Pashler を主編者とした,同書の第3版4巻本にあたることをお薦めしたい.

実験心理学の分野全体をカバーするものとして,東京大学出版会から出版されている「講座心理学」全15巻,「心理学研究法」全17巻,「現代基礎心理学」全12巻の3つのシリーズがある.自分の興味ある研究テーマがどのように研究されてきたかを手軽に見るためには便利であろう.事典については比較的項目が充実しているという理由から「心理学辞典」(有斐閣),そして「心理学事典」第1版,第2版(平凡社)を挙げておく.平凡社の事典は古書店でしか入手できないものの,項目によっては今なお参照に値する.

以下知覚心理学,発達心理学,行動分析学,認知心理学,生物心理学の各分野において推薦できる書物をまとめた.全体の統一と編集,および「はじめに」と「さいごに」を坂上貴之が担当した.学生諸君の参考になれば幸いである.

知覚心理学

どの領域でもいえることであるが,その時々の研究課題の中心は E. G. ボーリングのいう時代精神を反映している.現代,多くの研究者が関わっている問題の重要性を知るためには時代を越えた思想を学び,さらに将来につながるパースペクティブをもつことが必要である.こうした点を考慮して知覚の問題を理解するための手近な書物を幾つか挙げてみる.

知覚研究は,歴史的に大きく三つのアプローチに分類できる.それは構成主義的,機能主義的,そして現象学的な研究である.それぞれはまた,我々の知覚現象を位置づけ,理解する枠組みを与えることにもなる.これらの知覚心理学の枠組みについて,心理学の立場から包括的な議論を展開しているのは「心理学的知覚論序説」(柿崎祐一著,培風館)であるが,初学者には難解に思えるかもしれない.今日では上述の分類にしたがって個々の研究や研究者を必ずしも厳密に位置づけることはできないが,傾向として捉えることは可能である.どのような課題を解決するにしても,心理学の歴史と知覚研究に必要な基礎知識を身につけていなければならない.心理学史の和書は数少ないが,「心理学の歩み」有斐閣新書(宇津木保他著,有斐閣)は手頃な書であり心理学の考え方を知る上で是非読んでほしい.やや詳しくは,「心理学史」(今田恵著,岩波書店),「心理学史への招待」(梅本堯夫・大山正共編著,サイエンス社)などがある.

基礎的な知識を組織的に学ぶには,「講座心理学4知覚」(大山正編,東京大学出版会),「現代基礎心理学2知覚基礎過程」(相場覚編,東京大学出版会),「視覚の心理物理学」(池田光男著,森北出版),「心理学1知覚・認知」有斐閣双書(柿崎祐一・牧野達郎編,有斐閣)を薦めたい.知覚の研究領域は広いが,ここでは主として視知覚,聴覚を中心に紹介する.上述の知覚の基礎的書物においてすでに今日扱われている諸領域について述べられているが,より知識を深めるためには「ゲシュタルト心理学の原理」(K. コフカ著,鈴木正弥監訳,福村出版),「視覚情報処理」(田崎京二他編,朝倉書店)などを薦める.後者は生理学的な基礎にも多くの頁をさいていて役に立つ.さらに,知覚の計算論的アプローチに興味があれば,「ビジョン~視覚の計算理論と脳内表現」(D. マー著,乾敏郎・安藤広志訳,産業図書)が,この種の研究の出発点である.

色彩知覚の書は多々あるが,「色彩の科学」「色彩の心理学」岩波新書〔金子隆芳著,岩波書店)などは読みやすく重要な事実が盛り込まれている.また詳しい事項については「色彩光学の基礎」(池田光男著,朝倉書店),「新編色彩科学ハンドブック」(日本色彩学会編,東京大学出版会)を参照されたい.

形の知覚では「視覚の法則」(W. メッツガー著,盛永四郎訳,岩波書店),「視覚の文法」(G. カニッツァ著,野口薫監訳,サイエンス社)などはゲシュタルト心理学,実験現象学の立場から視知覚の諸法則について実験例を豊富に引用して解説されている.パターン認知についての情報処理的研究については「認知心理学」の項にゆずる.

空間知覚については哲学,心理学での古くから論じられてきた問題であり洋書は数多くあるが,それのみを扱った心理学の和書単行本として特に挙げるものがない.しかし,「現代基礎心理学3知覚」(鳥居修晃編,東京大学出版会)第7章の「空間の認知」(苧阪良二著),「インテリジェント・アイ」(R. L. グレゴリー著,金子隆芳訳,みすず書房)は空間知覚を学ぶ上で役立つ.近年,米国を中心に知覚・認知研究への生態学的アプローチが脚光を浴びつつある.特に,空間知覚を主として書かれた「生態学的視覚論」(J. J. ギブソン著,古崎敬他訳,サイエンス社)は一読の価値がある.そこでは実験現象学的および機能主義的な知覚論が展開され,空間知覚のみならず事象知覚をはじめ生活と密着した知覚論として注目すべき議論を展開している.実験現象学的知覚理論,ゲシュタルト理論,ギブソンの理論をより深く理解するためには、哲学者の書いた「知覚と生活世界~知の現象学的理論」(村田純一著,東京大学出版会)など参照しながら読むと面白い.変換視研究を中心とした議論については「三つの逆さめがね」(吉村浩一著,ナカニシヤ出版)がある.

知覚の発達に関しては,「知覚の発達心理学,I-II」(E. J. ギブソン著,小林芳郎訳,田研出版),「乳幼児の知覚世界」(T. G. R. バウァー著,古崎愛子訳,サイエンス社)などがある,この分野は研究法を含めて進歩が早いので専門に研究する場合には洋書,雑誌にあたることが望ましい.個体発生的な知覚研究を行う場合,視覚 断実験や著者自ら扱った先天盲の開眼手術後の臨床例を述べている「視覚の世界」(鳥居修晃著,光生館)なども参照されたい.系統発生的な知覚・認知論は生物心理学でもとりあげると思うが,「動物は世界をどう見るか」(鈴木光太郎著,新曜社)は知覚心理学者がまとめたものとして興味深い.

一般に知覚の用語,知識の築積,文献の検索などのために「感覚・知覚心理学ハンドブック」(和田陽平他編,誠信書房)「新編・感覚知覚心理学ハンドブック」(大山正他編,誠信書房)は重宝である.

聴覚の分野での心理学的研究は,厳密には音響心理学と音楽心理学と区別されるべきであるが最近の著書では必ずしも明確でない.年代的に多少古いが「聴覚の心理学」(黒木総一郎著,共立出版),「音響心理学」(和田陽平著,創元社)など,近年では「“聴覚”現代音響学」〔牧田康雄編,寺西立年著,オーム社)などを挙げることが出来る.音楽心理学では「音楽心理学」(梅本堯夫著,誠信書房),「音楽心理学.上・下」(D. ドイチュ著,寺西立年他訳,西村書店)などがある.なお,聴覚一般を扱い,また多くの事項と文献を引用している点で「聴覚ハンドブック」(難波精一郎編,ナカニシヤ出版)は便利な書である.

味覚,嗅覚,皮膚感覚,固有(自己)受容感覚などの諸分野については東京大学出版会からのシリーズにあたって欲しい.

発達心理学

発達心理学はたいへん幅の広い領域であるが,何巻にも分かれた大部な教科書やハンドブックに取り掛かる前に,発達心理学の全貌を一気に概観し,その上で興味のある領域の勉強を深めていくのがよい.発達心理学が成立してきた歴史的背景,重要な発達心理学者の紹介とその業績の概説,研究の方法論,運動・知覚・認知・言語発達の新しい研究の概観がコンパクトになされている概説書がある.「発達心理学の基本を学ぶ」(バターワース,G. & ハリス,M.: ミネルヴァ書房)である.この本は,事実の羅列ではなく,各章でこれまでの研究成果を包括する視点を提案しているところも興味深い.

勉強を進める上で,専門用語にとまどうことも多いのではないかと思う.そのための参考図書としては,「発達心理学辞典」(岡本夏木・清水御代明・村井潤一監修:ミネルヴァ書房)が最もよい.事項だけでなく,人名や発達・知能検査の解説もあり,正確でバランスがとれた辞書である.

心理学専攻は,実験心理学を基盤としている.実験とは,刺激や場面などの外的条件を系統的に操作し,それに対応して行動がどのように変化するかを系統的に評価する研究技法のことをいう.ヒトの発達も,単に年齢に応じた行動の変化を記述する段階から,音声刺激,視覚刺激など様々な刺激を系統的に提示し,それに対応した乳児や子どもの反応を系統的にデータとして収集することで,多くの事実を明らかにしてきた.もちろん乳幼児は,通常の大人を対象にした実験のように,こちらの言語教示や言語的質問に対して答えてくれることはない.であるから,特別な実験的手法が必要になる.

発達心理学と,実験心理学は,直接関係がないように思われるかもしれないが,現代の発達心理学を学ぶ上で,実験心理学の知見,研究方法に精通することは不可欠なのである.特に,この10年間で,実験心理学的方法を用いて,新たな知見が集積されてきた領域に,乳幼児の初期発達の研究があるが,この領域では様々な実験方法が開発され,これまでうかがい知ることができなかった乳幼児の心理的世界と,その発達過程が明らかになってきた.

日本の研究者が蓄積してきた実験心理学的手法を用いた発達研究の実績は,「ことばと心の発達シリーズ全4巻 小嶋祥三・鹿取廣人監修」によって知ることができる.やや専門的であるが,興味のある章をピックアップして読むのに適している.「第1巻 赤ちゃんの認識世界」,「第2巻 ことばの獲得」,「第3巻 心の比較認知科学」,「第4巻 ことばの障害と脳のはたらき」で構成されている.

最新の研究を展開した読みやすい本として,「まなざしの誕生」(下條信輔:新曜社),「0歳児がことばを獲得するとき」(正高信男:中公新書)がある.また,毎年1巻ずつ出ている「児童心理学の進歩」(金子書房)は,様々な領域の専門家が,重要なトピックスを要領よくまとめている.言語発達,認知発達,研究方法,論争点などのまとめのほか,発達障害,いじめ,虐待など,臨床発達心理学についてのまとめも参考になる.

このような新しい知見を学ぶと同時に,発達研究の基盤になる包括的理論(グランドセオリー)を知るには,ピアジェやヴィゴツキーの理論を学ぶことをお勧めする.それぞれの理論は,概説書で知ることができるが,原著(翻訳)を読むことで,「なぜ著者がこのような理論体系をつくったか?」,「体系をつくることで何を行いたかったか?」,などを直接感じることができる.

ピアジェは,ヒトの認知発達,知的機能の発達には,一定の規則性,順序性があることを巧妙な実験によって示し,それを論理学的に記述し,体系化してきた.「思考の心理学」(ピアジェ,J.: みすず書房),「知能の心理学」(ピアジェ,J.: みすず書房)などがわかりやすい.

一方,ヴィゴツキーは,ヒトの言語機能に注目し,認知機能が言語によって大きな影響を受けることをいくつかの実験を通じて明らかにした.ピアジェの生物学主義に対応させて,発達の社会文化的アプローチといわれるゆえんである.「こどもの知的発達と教授」(ヴィゴツキー,L.: 明治図書)がある.

現代の発達理論を知るためには,著者たちの主張が明確である次の著作が面白い.「賢い赤ちゃん:乳幼児期における学習」(T. G. R. バウアー:ミネルヴァ書房).バウアーは,1970年代から創意に富む乳幼児発達研究を推進してきた発達心理学者であるが,この新しい著作では,乳幼児の行動と学習が合理的,合目的的であることを解明している.「人間発達の認知科学」(A. カミロフ・スミス:ミネルヴァ書房).やや難解であるが,ピアジェの理論を内部的にどう乗り越えていくか,格闘の様子がスリリングである.「行動分析学からみた子どもの発達」(シュリンガー,H. D.: 二瓶社).発達を,徹底して「環境と個人の相互作用」という点からとらえ,安易に「理論」に流れず,「事実」を突き詰めていく「分析」こそが重要であると主張している.

一方,臨床心理学分野では,現在は科学的事実に基づいて臨床技法の体系化が試みられ,臨床実践と基礎研究の統合が目指されている.科学者-実践家モデル (scientist-practitioner model) という.「エビデンス臨床心理学」(丹野義彦:日本評論社)に具体的な事例が詳しく述べられている.発達臨床についても,同様の方向性が打ち出され,「エビデンスベースの臨床発達心理学」の体系化がなされつつある.本人や問題へのアセスメントを行い,エビデンスにもとづいた臨床支援技法を選択し,技法を個別的,系統的に実際に適用し,その効果を様々な指標で評価し,次の支援プランを立案する.このような活動は,まさに科学者がおこなっている活動である.

このような観点から,ヒトの発達上の臨床的問題の解決を支援する「臨床発達心理学」という領域が構築されつつある.臨床発達心理学は,発達に関する理論,基礎研究,応用・臨床研究を体系化しようと試みている.その全体像は,「シリーズ 臨床発達心理学全5巻」(日本発達心理学会企画,柏木惠子・藤永保監修)で知ることができる.「第1巻 臨床発達心理学概論」,「第2巻 認知発達とその支援」,「第3巻 社会・情動発達とその支援」,「第4巻 言語発達とその支援」,「第5巻 育児・保育現場での発達とその支援」である.このシリーズは,大学院修士課程修了後に試験を経て取得可能となる「臨床発達心理士」の資格認定のための基礎テキストでもある.資格に興味のある方は,「臨床発達心理士」のホームページで情報収集をおこなっていただきたい.

行動分析学

行動分析学とは何かを一言でいうならば,ヒトおよびヒト以外の動物の行動と環境との関係を研究し,どのような環境要因がどのような行動を生じさせるかを明らかにしようとする学問である.ここでの行動とは,個体が環境と交渉をもつ営みのことで,立ち居振る舞いばかりではなく,考える,喜ぶ,欲するなど,心の働きとみなされる知・情・意のすべてにわたるものが含まれる.常識的には心が行動を起こすわけであるが,行動分析学では,心の働きも行動であり,行動はすべて環境要因によって規定されていると考える.このような考え方は常識からは非常に受け入れがたいので,心理学の中でもまだマイノリティである.現在,日本において「行動分析学」という科目名の授業を開講している大学は,塾を含め五指にみたない.このような現状であるから,行動分析学に関する日本語の良書は今のところわずかである.したがって,学生諸君には,なにをおいてもまず授業に出席し,そこで進度に応じて紹介される内外の文献をこなしていくことをお勧めしたい.

ここでは,日本語による行動分析学の基本図書として次の三冊を挙げておこう.

佐藤方哉著「行動理論への招待」大修館書店,1976: 通称〈黄色い本〉.出版後すでに20年が経過しているが,入門書としての役割は現在でも充分に果たすことが出来る.プログラム学習,クイズ,架空対話,架空広告キャンペーン,架空講義録などさまざまなスタイルで書かれていて,楽しみながら読むことが出来る.

G. S. レイノルズ著/浅野俊夫訳「オペラント心理学入門--行動分析への道--」サイエンス社,1978(原著1975): 書名には入門とあるが,内容はかなり高度なので,心して取り組まれたい.ノートをとりながら読み進められるのもよいであろう.

杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・リチャードW. マロット・マリアE. マロット著「行動分析学入門」産業図書,1998: 上記の二冊では,主として実験的行動分析について述べられているが,本書は,応用行動分析における研究例を紹介しながら,行動分析学の基礎概念と基本原理を学んでいくことの出来るユニークな書物である.物語形式なので,しらずしらずのうちに行動分析学の基本を身につけることが出来る.現在発刊されているのは,基礎編のみのテストヴァージョンなので,一般書店では入手できないが,生協で購入できる.ちかぢか展開編を含む決定版が産業図書から出版される予定である.

訳書ではあるが,J. E. メイザー著/磯 博行・坂上貴之・川合伸幸訳「メイザーの学習行動」二瓶社,1999は,実験的行動分析の成果をあまねく紹介した学習研究の基本的教科書である.

行動分析学を学ぶにあたって手元におくと重宝なハンドブックとして小川隆監修/杉本助男・佐藤方哉・河嶋孝編「行動心理ハンドブック」培風館,1989がある.1980年代前半までの研究がかなり手際よくまとめられていて,研究の流れを概観するのに便利である.執筆者がすべて塾心理学専攻の出身者であるので,先輩達による研究のかずかずを知ることも出来ることを付け加えておこう.

行動分析学の創始者である B. F. スキナーの著作に接したい学生もおられよう.しかしながら,日本語に翻訳されたスキナーの書物は,いずれも誤訳ばかりが目につき,お勧めできないのは残念である.といって,原典は初心者には手強いので,どうしてもスキナーのものを読みたいという諸君には,次の三つをお薦めしたい.

「私はなぜ認知心理学者ではないのか(菅野衷訳)」日本行動分析研究会編「ことばの獲得――言語行動の基礎と臨床」川島書店,1983, pp. 126-146.: 原典は,Skinner, B. F. (1977). Why I am not a cognitive psychologist. Behaviorism, 5(2), 1-10. である.

「罰なき社会(佐藤方哉訳)」行動分析学研究,1990, 87-106. または,三田評論,1991年8・9月号,30-38.: これはスキナーが1979年9月25日に慶應義塾大学より名誉学位を授与された際の記念講演である.「行動分析学研究」の方には原文も掲載されている.

「科学と人間行動(河合伊六ら訳)」二瓶社,2003: これは最近になって翻訳された学部学生向けの著作であるが,充分に手強い.

なお,http://www.j-aba.jp/archives-j.htmlに行動分析学関係の書籍・文献が揚げられている。

認知心理学

認知心理学とは,一口に言って,認知の働きとそれを支える仕組みについて研究する学問である.ここで認知とは,単に感じたり,知覚したり,それと認めたりするだけではない.意味づけで知る,意義づけて知る.そしてまた情動的に知る,といったこころの作用,働き,機能だ.その作用は,こころとこころ以外の全てとのかかわりの中で生ずる.それが次の行動の原因やきっかけとなることもあろうし,さらなる思索への始めとなることもあろう.逆に自分のとった行動の失敗が悲しみや落胆をもたらし,苦悩におちいるといったこともあろう.

ところが奇妙なことに,そのようなこころの機能や構造を考えることは,これまで心理学の中で,特に行動主義者からはいたく斥けられてきた.こころが非触知的・非可視的であるが故に,客観的であるべき科学的学問の対象にはならない,というのである.しかし,こころとか精神とかいえば,人間や社会の内的,核心的,全体的本質にまでかかわることである.それを放っておいて何が「心の理わり」の学か.外的な世界から人間のこころという内的世界に切り込んで行く,そしてまた内的世界の外的表出を予測し,それにもとづいて人間の適応的,創造的生き方を考える.それが認知心理学だ.

さて,まずこのような姿勢で心理学を真っ向から考え,学ぼうとする諸君に是非薦めたいのは「講座現代の心理学」全8巻(小学館)である.この講座は「1 心とは何か」「2 人間の成長」「3 学習と環境」「4 知能と創造性」「5 認識の形成」「6 性格の科学」「7 個人・集団・社会」「8 文化と人間」からなる.どの巻の執筆者も,科学的心理学に立脚しつつ,真剣な哲学的洞察を深くしており,出色の講座である.少々手ごわいが,読破した時の充実感と以後にもつであろう自信の大きさは相当なものとなろう.

A. H. マスロー著,上田吉一訳「人間性の心理学」,同小口忠彦監訳「人間性の最高価値」(いづれも誠信書房)も実験的心理学の彼岸にある書だ.人間の欲求を低次から高次欲求へと階層化して考え,価値観を導入した動機づけの理論を軸に,人間の全体的,力動的自己実現の道を説く.必読の書といっていい.次に,心を扱ってこれほどに重たくなく,手がるく読めるのは「心のありか」(村上陽一郎編,東京大学出版会)である.この本は昭和63年,東京大学経済学部・教養学部の総合科目として行われた,オムニバス風の講義をまとめたものである.学際的な味わいが楽しめよう.

科学的な認知心理学が認知されだしたのは1960年代になってからで,まだ日も浅いが,それには情報科学の影響があった.計算機の情報処理とシステムが人間のそれとアナロガスに考えられたからである.しかし人間の知識情報処理の過程には,仮説づくり,意味づけ,洞察,統合化など,状況に対する積極的な内的はたらきかけが存在し,それが重要な働きをする.認知は外界の単なる模写ではなく,生物体がもつ記憶や知識との相互作用によって構築されるものである.この様な観点が市民権を得だして,1970年代には,わが国でも認知研究の気運はようよう高まった.その背景のもとに,1980年代になって編集されたのが,「認知心理学講座,1 認知と心理学」(大山正・東洋編,東京大学出版会),「同,2 記憶と知識」(小谷津孝明編),「同,3 推論と理解」(佐伯胖編),「同,4 学習と発達」(波多野誼余夫編)である.また,最近のシリーズとして,「岩波講座,認知科学」(全9巻,岩波書店),「認知心理学」(全5巻,東京大学出版会)がある.いずれも,認知心理学を目指す人には必読の書である.

「認知心理学」(J. R. アンダーソン著,富田達彦他訳,誠信書房)も同類の立場から,知覚と注意・知識の表象・記憶と学習・問題解決と推解といったところまで行く.したがって,普段から自分の視野をそこまで広げておく努力が必要のように思われる.その意味で,“乱読”を奨めたいが,そうもいかぬという人のためには,「岩波講座 精神の科学」全10巻(岩波書店)を奨めておきたい.

以上,限定的ではあるが,確かな著書と思われるものを紹介してきた.昨今,心理学書の出版はブームと言ってもいいくらいである.従って,教科書風のもので,手軽に読めるものはたくさん出回っている.しかし,教科書というものは,本来,教師が足りなきを補いつつ教室で講じ,あるいは,学生諸君が図書館等を利用して自発的に埋めつつしてゆくためのものである.その意味でここでは殆ど省略したことを付記しておく.

生物心理学

生物心理学は幅広いスペクトルを持つ心理学の中でももっとも自然科学の色彩の強い,言わば硬派の心理学である.目的とするところは1) 進化の産物としての心,2) 神経系の機能としての心,の解明である.全体的な教科書としてはカラット(著)中溝ら(訳)「バイオサイコロジー」(サイエンス社)をあげることができるが,1) と2) をバランスよく紹介した本はすくなく,多少特殊ではあるが渡辺「ヒト型脳とハト型脳」(文芸春秋社)はそのような試みである.動物学よりのものとしては古典であるが,エヴァート(著)小原ら(訳)「神経行動学」(倍風館)をあげることができる.

動物の比較研究全体の流れはボークス(著)宇津木ら(訳)「動物心理学史」(誠心書房)で楽しく読める.動物行動の研究は実験心理学と動物行動学(エソロジー)とで異なる観点からなされていた.ローレンツ(著)丘ら(訳)「動物行動学」(思索社),日高ら(訳)「行動は進化するか」(講談社),ハインド(著)桑原(訳)「行動生物学」(講談社),スレーター(著)日高ら(訳)「動物行動学入門」(岩波書店)などは古典的動物行動学の標準的な入門書である.ただ,ローレンツの書いたものは啓蒙書があれだけ面白いのに学術書は難解である.社会生物学あるいは行動生態学の台頭は動物行動学を一変させたが,ドーキンスやウィルソンの著書の多くが翻訳で読むことができる.この延長上にあるのが進化心理学で,現在のヒトの心を人類誕生以降の進化史から考えるものである.教科書としては長谷川ら「進化と人間行動」(東大出版)が推薦できる.ピンカー(著)椋田ら(訳)「心の仕組み」(NHKブックス),ミズン(著)松浦ら(訳)「心の先史時代」(青土社),ケアンズースミス(著)北村(訳)「心はなぜ進化するのか」(青土社)も心理学を学ぶなら一度は目を通したい.

実験心理学の中での動物研究は動物モデルの研究による心理学の一般理論の構築から心の多様性の研究へと関心がシフトし,比較認知科学という領域が定着しつつある.教科書的なものとしては渡辺(編・著)「心の比較認知科学」(ミネルヴァ書房),藤田「比較認知科学への招待」(ナカニシヤ),渡辺「心の起源をさぐる」(岩波書店)などがある.論文集としては松沢(編)「心の進化」(岩波書店)がある.鈴木「動物は世界をどう見るか」(新曜社)も面白い.翻訳ものではロジャース(著)長野ら(訳)「意識する動物たち」(青土社),ヴォークレール(著)鈴木(訳)「動物のこころを探る」(新曜社)がある.近年のトピックのひとつは鳥の歌とヒト言語の比較研究だが,オウム研究の集大成はペッパーバーグ(著)渡辺ら(訳)「アレックス・スタディ」(共立出版),鳴禽の研究は岡ノ谷「小鳥の歌から人の言葉へ」(岩波書店)で見ることができる.ディーコン(著)金子(訳)「ヒトはいかにして人となったか」(新曜社)やピンカー(著)椋田ら(訳)「言葉を生み出す本能」(NHKブックス)も示唆に富む.動物行動学の方でも認知動物行動学という主張がなされ,グリフィンがその旗頭である(渡辺(訳)「動物はなにを考えているか」(どうぶつ社),長野(訳)「動物の心」(青土社)).霊長類に興味があれば,グドール(著)高崎ら(訳)「心の窓」(どうぶつ社),ドゥ・ヴァール(著)西田ら(訳)「サルとすし職人」(原書房),バーンら(著)藤田ら(訳)「マキャベリ的知性と心の理論の進化論」(ナカニシヤ出版),友永ら「チンパンジーの認知と行動の発達」(京大出版)などがある.

神経科学の基礎については森ら(編)「脳神経科学イラストレイテッド」(羊土社),渡辺ら(編)「脳・神経科学入門講座」(羊土社)などが視覚的に理解しやすい.シュミット(著)内薗ら(訳)「神経生理学」(医歯薬出版)は古くなってしまったがプログラム学習ができるようになっている.神経科学ではまず構造の理解が重要であり,そのようなものとしては佐野「神経解剖学」(南山堂),ニューウェイフス(著)水野ら(訳)「図説 中枢神経系」(医学書院)があるが,いずれも大部である.馬場「絵で見る脳と神経」(医学書院)もわかりやすい.脳の比較に興味があれば萬年「動物の脳採集記」(中公書房)も面白い.より臨床的には,久留ら「画像診断のための脳解剖と機能系」(医学書院),後藤ら「臨床のための神経機能解剖学」(中外医学社)などがある.心理学よりのものなら仁木「脳と心理学」(朝倉書店),(スクワイア(著)河内(訳)「記憶と脳:心理学と神経科学の統合」(医学書院),パーキン(著)二木(監訳)「記憶の神経心理学」(朝倉書店),ゼキ(著)河内(訳)「脳のヴィジョン」(医学書院)などが特殊なテーマを扱いながら神経科学としての心の研究の面白さがわかる.タコの研究で一世を風靡したヤングの河内(訳)「哲学と脳」(紀伊国屋出版)も滋味がある.「最新脳科学」(学研)は哲学から物質まで心と脳の関係に関する第一線の研究を紹介したもので十分興奮できる.我が国の神経科学の成果は雑誌「科学」に載った論文を集めた宮下・下条(編)「脳から心へ」(岩波書店)や,立花「脳研究の最前線」(朝日新聞社),アエラMook「頭脳学のみかた」(毎日新聞社)などで見られる.

ヒトの脳障害から心と脳の関係を研究する神経心理学の入門書として奨められるのは,山鳥(著)「神経心理学入門」(医学書院),ウォルシュ(著)鈴木(訳)「脳損傷の理解」(メディカル・サイエンス・インターナショナル),日本生物学的精神医学会(編)「神経心理学と精神医学」(学会出版センター)などである.また,より専門的かつ網羅的な文献としては,ハイルマンら(著)杉下(監訳)「臨床神経心理学」(朝倉書店),マッカーシーら(著)相馬ら(監訳)「認知神経心理学」(医学書院),ザイデル(著)河内(監訳)「神経心理学:その歴史と臨床の現状」(産業図書)などが挙げられる.「神経心理検査」については,田川(編)「神経心理学評価ハンドブック」(西村書店)に詳しく述べられている.

有名な記憶障害の症例であるH.M.に関する書物であるヒルツ(著)鴻巣(訳)「記憶の亡霊:なぜヘンリー・Mの記憶は消えたのか」(白揚社)も興味深く読めるだろう.言語の障害についての本は多いが,濱中(監)「失語症臨床ハンドブック」(金剛出版)は非常に詳しく解説されている.鹿島ら(編)「よくわかる失語症と高次脳機能障害」(永井書店),杉下「言語と脳」(紀伊国屋書店)もよい.視覚や注意の障害については,ハンフリーズ ら(著)河内ら(訳)「見えているのに見えない」,ファラー(著)河内ら(訳)「視覚性失認」(新興医学出版社)などが詳しい.感情の障害については,ルドゥー(著)松本ら(訳)「エモーショナル・ブレイン」(東京大学出版会)や,ダマシオ,田中(訳)「生存する脳」(講談社),後者は各国でベストセラーになっている名著として推薦できる.さらに,神経心理学の各論については,医学書院の「神経心理学コレクション」のシリーズや,共立出版の「ブレイン・サイエンス・シリーズ」が参考になる.サックス(著)高見(訳)「妻を帽子と間違えた男」(晶文社),キャンベル(著)本田(訳)「認知障害者の心の風景」(福村出版),クローアンズ(著)吉田(訳)「失語の国のオペラ指揮者」(早川書房),ゼキ(著)河内(訳)「脳は美をいかに感じるか」(日本経済新聞社)なども気軽に楽しく読める.

1980年代後半より,ヒトの脳の機能を外部より非侵襲的に計測する技術が飛躍的に発展した.それらは1. 神経細胞の活動に起因する電気的活動,磁場の変化を測定するものと,2. 脳の局所的な血流量を測定するものがある.前者は事象関連電位(ERP),脳磁図(MEG)であり,後者はPET,機能的 (f) MRI, 近赤外分光法(NIRS; 光トポグラフィ)である.それぞれ長短があるが,ERP, MEGは時間分解能が優れているが,空間分解能が劣る.一方,PET, fMRI は空間分解能に優れているが,時間分解能が劣る.また,PETはアイソトープ被爆があり,fMRIは動きに弱く,強い騒音を発生するという欠点がある.この両者ともに大掛かりの装置を必要とし,閉鎖的な実験環境から来る制約を考えなければならない.NIRSは比較的動きに強く,開放的な実験環境であり,全くの無侵襲なので,乳幼児,児童に適用することが可能である.時間分解能は比較的よいが,空間分解能は PET, fMRI よりも劣る.慶應義塾大学文学部にはERPとNIRSがあり,活発に研究が進められている.このような脳機能計測装置を使用して,ヒトの認知機能を研究する領域を認知神経科学という.認知神経科学は,脳の機能計測,脳障害の研究(神経心理学),認知心理学の結合したものである.脳機能計測のテーマのみを扱った日本語の本は多くない(最近の認知科学,認知心理学の多くの本の中にいろいろな形で機能脳画像研究が含まれているので,参照されたい).ポズナー・レイクル(著)(養老ら訳)「脳を観る」(日系サイエンス),神経心理学コレクション・シリーズの中の川島(著)「高次機能のブレイン・イメージング」(医学書院)が手ごろか.脳部位については平山ら「MRI脳部位診断」(医学書院)がある.

神経系の機能としての心を理解する別の方法として精神薬理学をあげることができる.これは中枢神経作用薬を利用することによって心の解明を目指すもので薬理学,神経科学,行動科学を統合する学問領域で,本塾の心理学研究室は比較的初期から薬理学的手法を導入している.残念ながら適切な教科書は少ない.古典としてはトンプソンら(著)田所ら(訳)「行動薬理学」(岩崎学術出版),臨床よりでは小林「臨床精神薬理学」(南山堂),高いが田所(監)「行動薬理学の実践」(星和書店)もある.あまり体系的ではないが田所「薬物と行動」(ソフトサイエンス社),風祭(編)「心の病に効く薬」(有斐閣),ちょいと面白いものに廣中「人はなぜハマるのか」(岩波書店)もある.

なお,生物心理学分野では多くの優れた,そしてわかりやすい本が英文で出版されているので,なるべくはやくそのような原典に接することが理解の早道である.

おわりに

各コースに共通するいくつかの書物をここで最後に挙げておこうと思う.

心理学的測定法に関しては,「心理学的測定法」(田中良久著,東京大学出版会),「新版官能検査ハンドブック」(日科技連官能検査委員会編,日科技連出版社)が良いだろう.しかしはじめに挙げた実験心理学の3つのシリーズにあたることも薦める.

心理学で用いられる統計学は,実験や調査の処理のための技術的な要素が強いものであって,決してとっつきにくいものではない.推薦できる参考書としては,入門書として,「心理・教育のための統計法」(山内光哉著,サイエンス社),「初等統計学」(P. G.ホーエル著,浅井晃・村上正康訳,培風館),「行動科学における統計解析法」(芝祐順・南風原朝和著,東京大学出版会),「数学入門シリーズ6 日常の中の統計学」(鷲尾康俊,岩波書店)がある.後者のシリーズは大学で再び数学を始めたい人のためのよい入門書となっている.さらにこれらを補完するものとして「統計的方法のしくみ:正しく理解するための30の急所」(永田靖著 日科技連出版社),「心理統計学の基礎」(南風原朝和著,有斐閣)があり,初級レベルはほぼこれらで万全である.実験計画や分散分析の入門書としては「シリーズ入門統計的方法4 実験の計画と解析」(鷲尾康俊著,岩波書店)を薦めたい.理論的な問題にそれほど深く立ち入らないで,考え方を理解するのに良書と思う.より高いレベルの確率・統計理論への橋渡しとして「確率および統計」(印東太郎著,コロナ社)は,類書がないこともあって,その価値は落ちていない.心理学に即した例の豊富な参考書というと「教育と心理のための推計学」(岩原信九郎著,日本文化科学社)や「心理学のためのデータ解析テクニカルブック」(森敏昭・吉田寿夫著,北大路書房)を挙げることが出来るが,統計学の論理を理解したい人にとって親切な本とはいえない.

最近卒業実験にコンピュータを利用する機会が大変多くなっている.BASIC, C, LISP, JAVA, Mathematica, R といったコンピュータ言語に親しんでおくことは,実験制御,観察・記録,データ解析に必要なプログラムを開発するのに便利であるだけでなく,時には心理学的事象のシミュレーションを行なうことで現象の理解をより深めることも可能となる.しかし現在のところあまたあるこれらの入門書から適切なものを諸君に示すことはできそうにない.これらを学ぼうとする諸君は,すでにもっている知識の量や論理的思考への慣れの程度に従って,自ら良書を選択されることを希望する.気にいった書物にであうまで何度となく同じテーマのものを買い求めつづけることは,ある特定の分野にかぎられたことではないのである.

心理学専攻では実験が必修となっており,そこではレポートが課される.レポートの書き方にはいくつかの著書があるが,「理科系の作文技術」中公新書(木下是雄著,中央公論社)にはぜひ目を通していただきたいと思う.卒業論文はもちろん,社会人となってからも大いに役に立つであろう.