:           原風景(その二)
                            野村伸一

 一、蜡のまつりの周辺

 蜡祭は農耕にかかわる祭祀であった。そのなかでは女神とその奉仕者巫女の役割は大きかった。日本のオオゲツヒメノカミは鼻、口、尻から諸種のタナツモノ(味物)を取り出した。
 こうした伝承の系譜の上に早乙女の田植え、田植えのあそびの際のヒルマモチ(昼間持)、弁当持などがいる。そしてまた民俗芸能に多い交接の表演も同じ脈絡の上にある(中山太郎『日本巫女史(増補版)』、パルトス社、1994年(復刻再版、原1930年)、第一篇第八章第三節参照)。


1田楽中の雌雄の猿舞。1984年静岡県西浦

2田楽の山家早乙女。西浦



3抱き合う神婆。1996年長野県新野

 二、儺戯へ

  1.男性巫師の儺戯-貴州省徳江(1995年)
 道教儀礼の形式を用いて力強さを誇示することが多い。仮面の跳舞も勇壮である。


1儺公儺母。儺堂戯の主神として祭壇にまつられる。

2土地。仮面の神がみの跳舞は力強い。

3尖角将軍。司祭者土老師は腕力もある。

4李龍(リーロン)。貴種にして乞食。災厄を担い去る。


  2.南方の儺戯へ
 翁媼の登場。また水辺の怪獣(蛇神を連想させる)とそれを制御する者がよくみられる。朝鮮半島南部の五広大(オークワンデ)や野遊(ヤリュー)のあそびはその一例である。


1ムンドゥンイ(かったい)。力強く踊る。1987年統営

2下僕マルトゥギ

3天然痘の化身。仮面戯の場にはこうした者たちが寄ってくる。

 


4淵に住むヨンノ。

5流浪する媼。滑稽な仕種で笑わせたりする。

6亭主との邂逅。妾の産んだ子を抓る。


7儺を示す動物タムボ。
 
  映像 「統営五広大」

   1. 第4科場 弄娼面(1分22秒)
  ハルミ(婆さん)がきて亭主を探す。婆さんは腰を振って歩き、また小便をしたりもする。
  一方で、坐して化粧のまねごとをする。楽士がハルミに「龍王山祭」をすることを勧めると、ハルミは受け入れる。   そして膳を整え、山神に向かって、亭主に会えるように、と祈りだす。その甲斐あって、二人は再会する。

  参考 毛越寺延年の「老女」(2分45秒)
  毎年、1月20日、晩に常行堂で摩多羅神の祭礼がある。このとき延年舞がおこなわれる。
  「田楽踊」「路舞」「祝詞(のっと)」「老女」「若女禰宜」「花折」「勅使舞」等が演じられる。
  「老女」では、神の前に坐して顔を繕う仕種がみられる。化粧は神に対するためにおこなったものであろう。
  「統営五広大」のハルミの仕種は巫女の化粧ともとれる。両者には共通するものがある。 
       →関連  映像・解説『毛越寺の延年』 (1998年の記録)(47分)

   2 第5科場 捕手面のうちの獅子
  虎のような怪物タムボが現れる。次いでよく似た面相の獅子が登場し、タムボと争い、これを食べてしまう。
  そこへ捕手(鉄砲撃ち)がやってきて、「お上のご命令だ」と叫びつつ、獅子を撃ち倒す。
  獅子とタムボの顔は、虎のような感じがする。
       →関連 朝鮮の仮面戯 -儺と死者供養の戯として 承前 (2.1.6 統営五広大)

  3.傀儡戯
 東シナ海地域の傀儡はもとは儺神であったとみられる。朝鮮の洪同知、日本豊前国の御九郎などは童子のすがたの儺神を彷彿させる。中国江南では今も死者霊救済の祭儀に傀儡戯が演じられる(目連戯の三殿超度)。 
 


1儺神としての洪同知(ホンドンジ)。1986年


2御九郎と祇園の神相撲。1996年中津市洞ノ上古要神社

3御九郎は西方の救済者。

4古表神社の御九郎






1目連は三殿で婦人たちの済度をする。2001年福建省楓亭

2母の救済のため地獄巡りをする途中でのこと。

3錫杖で呪を書き血盆からの救済をはかる。

4舞台の下で見守る遺族。自分の親族の超度がなされている。


 三、南戯のなかの祭祀性
 南戯は近代的な意味の演劇の視点では読み解けないだろう。何よりも演劇としては無駄なもの、演劇以前のものが多すぎる。しかし、そこには、これを享受する人びとの共感があった。それは祭祀の段取りとして不可欠なものだったのである。今日、その意味は忘れられつつあるが、なおみることができる。


1戯台浄化「出煞(チューサー)」。2008年広東省海豊西秦戯

2出煞。

3出煞。

4出煞。


5西王母

6八仙


7跳加冠

8仙姫送子


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