慶應義塾大学アジア基層文化研究会台湾法師の儀礼とシャーマニズム

はじめに


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台湾漢人社会の民俗宗教に関わる宗教的職能者は、道士(トオスウ、道教を奉じる司祭者)(注1)、法師(ホアッスウ、俗に「法官(ホアッコア)」「紅頭仔(アンタウアア)」などとも呼ばれる。「紅頭法」の巫術を用いて治病・魔除け・加持祈祷などをする一種の行者)、タンキー・アンイイ(それぞれカミオロシ、ホトケオロシを行う霊喋。タンキーは男性が多く、アンイイは女性が多い)の三つのカテゴリーに大きく分けることができる(注2)。これらのうち最も社会的地位が高いのは道士であり、続いて法師、タンキー・アンイイの順となっている(注3)。その職分から、道士および法師を「プリースト」、タンキー・アンイイを「シャーマン」として位置付けることもできよう。

 彼らは、それぞれ独自の宗教活動(民衆の求めに応じて様々な宗教儀礼を行うことが中心となる)を行っており、お互いの職業上の「棲み分け」は一応なされているのだが(注4)、ここで一つ注目すべきことは、プリーストたる法師と、シャーマンたるタンキー・アンイイは互いに密接な関係を持っており、この両者がしはしばチームを組んで、厄払いなど様々な民間の宗教儀礼に従事しているということである。

 台湾漢人社会のシャーマニズム研究においては、これまで主にタンキーが行うセアンス(降神儀礼)が注目され、調査研究の対象となってきた。しかし本稿では若干視点を変えて、法師の主持する様々な宗教儀礼(「法事(ホアッスウ)」という)に彼(彼女)らシャーマンが重要な役割を持って登場してくる、またそのことを民衆が少なからず期待しているという事実に注目し、このような法師とシャーマンが共同で行う「法事」の内容を検討する中から−したがってやや脇から眺めるという形になるが−、台湾漢人社会におけるシャーマニズムの特質について考えてみたいと思う(注5)。

 本稿では、数多い法事の中でも比較的ポピュラーであり、よって多くの事例を観察することが可能な、また多くの場合法師に加えてタンキー・アンイイの双方が登場する「打城(パアシア)」(注6)法事を事例として取り上げたい。なお、法師の行う「法事」についてはこれまでほとんど報告がなされていないことから(注7)、本稿では「打城」法事の内容紹介にも紙幅を割くことにした。

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注釈

注1)本稿におけるフォーク・タームの発音表記は、すべて台湾語によって行った。

注2)劉枝萬「台湾のシャーマニズム」(桜井徳太郎編『シャーマニズムの世界』春秋社、1988)81−82頁。

注3)劉枝萬「台湾の道教」(福井康順他監修『道教』三(道教の伝播)平河出版社、1983)133頁。

注4)ただし、台湾の道士はすべて道教科儀に加えて紅頭法術をも兼修(道法二門)しており、時には法師の業務を行うこともある。そのため、法師の職域は蚕食される勢いにあり、部分的には双方は競合関係にあるといえる(劉枝萬、前掲注(3)、148−151頁)。

注5)本稿は、1991年8月―9月および1993年8月に、筆者が台湾省台南地方において行った調査(法師の法事に関する調査)の成果の一部である。「打城」法事については、東嶽殿(台南市)および西港慶安宮(台南県西港郷西港村)にて調査を行った。

注6)「打城」は道教の「做功徳」法事の一つとしても行われているが、本稿の主題とは若干ずれることになるので、直接的には取り上げない。なお台湾道教の「做功徳」法事については、浅野春二「台南地区の做功徳―地域的差異および道士団の構成について」(『儀礼文化』17、1992、67−109頁)、黄文博「願霊亦快活―断午夜的做功徳法事」(『台湾冥魂伝奇』台北・台原出版社、1992、103−114頁)などの論考がある。

注7)「打城」、「改運」など、台南市の東嶽殿および開基玉皇宮において行われるいくつかの法事を扱った論考に、佐々木宏幹「陰と陽のシンボリズム−台湾・台南市の東嶽殿と玉皇宮の事例から」(『文化』(駒沢大学文学部文化学教室)13号、1990.3,71−92頁)がある。


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