1830-40年代にピアニストとして、文字通り、全ヨーロッパを席捲したリストは、ピアノのヴィルトゥオーソとして知られています。超絶技巧による華美な作品が「リストらしい」作品と言われてきましたし、実際、彼の音楽にはそうした一面があることも事実です。一方で、彼の作品や人間性には多くの矛盾を見出すことができるでしょう。「音楽とは何か」「芸術とは何か」という、芸術に関わる者にとっての本質的な問いに対して、若き日から彼なりに真剣に向き合い、答えを導き出そうとしたことも事実です。そして諍いをする人間を和らげ、気高くすることこそ、芸術の使命であるという考えに至りました。悪と苦しみからの救済をめざす芸術宗教ともいえる音楽こそが、真の「リストらしい」音楽であると私は考えています。とくに1850年代以降、交響詩という器楽のジャンルでこうした音楽を追求していましたが、1860年代以降はオラトリオやカンタータなどの宗教的声楽曲やオルガン曲の世界で同様の追求をしていくことになります。超絶技巧は、そうした彼の壮大な世界を表現するために必要な手段であったとも言えるでしょう。しかしながらリストの宗教的作品は未だ研究が進んでおらず、作曲過程などの基本データも不明な点が多々あります。多くの血が流された激動の19世紀ヨーロッパにおいて、彼は自らの芸術観をいかにして創作活動において表現していったのか、それを明らかにしていくことが私の研究テーマです。