そのなかで特に重視してきたのが、複数言語性と翻訳という観点です。バスクでは、平均して人口の約3分の2を占める人々が、バスク語を理解しないスペイン語またはフランス語の話者なので、バスク語が社会のあらゆる場面で使われているわけではありません。そのため、少数派であるバスク語話者は日常的に2言語使用を強いられており、そこにはきわめて非対称な関係が存在します。バスク語文学は、そのような複数言語環境と非対称な言語的・社会的関係を背景に持つわけなのですが、このことは当然ながら、創作プロセスや書かれた作品そのもの、さらには作品が受容され、他の言語へ翻訳される方法にも強く影響します。
私は、バスク語の知識を活かしつつ、2000年代頃から活発化した世界文学論や翻訳研究の成果を踏まえることで、そうした複雑さを解きほぐしながら、バスク語文学の実相に内外両方の視点から迫ろうとしています。バスク語文学の研究者は日本では私1人だけで、世界的に見ても、スペイン語(やフランス語)への翻訳を通してでなく、原語のバスク語で分析することのできる研究者はきわめて稀なので、その立場を活かした研究を展開していければと考えています。