わたしは、学生時代から今日まで一貫して、20世紀フランスの小説家、マルセル・プルーストを研究してまいりました。『失われた時を求めて』という長大な作品により、スタンダールやバルザックにはじまった近代小説を完成させるとともに、その後の20世紀の実験的小説を予告するという偉大な功績を遺した作家です。どこともわからない寝室で不眠に苦しむ中年男性が、曖昧模糊とした意識のなかで自分の過去を回想することから始まるこの作品はしかし、これと言った明瞭なプロットや特定のテーマを持つ作品ではありません。パリ社交界への憧れと幻滅、海辺のリゾート地で知り合った魅力的な少女との恋などを経て、ついにはそうした無為の生活から脱却し、これまでの自身の生を芸術作品として昇華させようと決意するまでの、主人公の精神の軌跡そのものが主題と言えるでしょう。