わたしは近代ドイツを中心として人間形成思想の研究をしています。ドイツは学問と芸術の国として知られ、わが国にもさまざまな面で影響を与えてきました。「教育学」という学問も18世紀ドイツで生まれたものです。そのためわたしは、現代の教育についての基本的な考え方が形づくられはじめた時代に目を向けていると言えるでしょう。なかでも、これまで特に着目してきたのは18世紀から19世紀にかけて活躍したヴィルヘルム・フォン・フンボルトという人物の思想です。彼はプロイセン出身の貴族で、哲学、古代学、美学、人間学、言語学など幅広い学問に通じていました。当時は現代のように学問が細かく分かれていなかったので、一人の人物が多分野を学ぶことは珍しくありませんでした。しかしフンボルトの特徴は、その多岐にわたる研究がすベて「人間形成」という関心によって貫かれている点です。ここでいう「人間形成」とは、単なる知識や技能の習得ではなく、自己と世界が互いに影響しあうことで、人間と世界がよりよいものへ、理想的なものへと変わっていく動的な過程を意味します。専門的には「陶冶」という言葉で表されることもあります。