私の専門は中国現代文学ですが、研究の柱が二つあります。一つは老舎(ろうしゃ)の研究です。老舎は現代中国を代表する作家で、その長編小説『駱駝祥子(らくだのシアンツ)』と戯曲『茶館』は、それぞれ20世紀中国の最高峰として高い評価を得ています。

老舎は北京の貧しい満州族出身で、北京の人々と街をこよなく愛しました。小説には、北京の人々の生活と彼らの心情が活き活きと描かれています。北京語の巧みな表現は、教科書に載り、辞書の例文に取り上げられるほどです。また、イギリス体験が契機となり、母国の前途に対する危機感をつのらせ、それを作品に投影させたこと、権力とは距離を置き、庶民の立場を貫いたことなどは、日本の夏目漱石とも重なります。私は、中国を知る切り口として小説を読み始めたのですが、老舎の作品は、中国の人々を深く理解するための、重要なテキストになると思います。なお、彼は、満州族の清王朝が滅び、漢族主導の中華民国が誕生する中で、満州族としての自負心と同時に、負い目も感じていました。複雑な思いを抱えた少数民族作家としての独自性も、老舎の魅力です。

もう一つの柱は、日中戦争の時期に日本軍占領下の北京や上海などで活動していた、中国人文学者についての研究です。占領地域に留まった彼らの中には、動機や経緯は千差万別ですが、結果的に日本に協力した人たちが少なからずいました。これら「親日」派文学者たちの多くは裏切り者のレッテルを貼られ、長く歴史の闇に葬られてきました。私は、彼らにもう一度光を当てたいと考えています。

一人ひとりの文学的な営みと、抵抗と協力の間で揺れ動き、悩み苦しむ心のうちを丹念に探っていくことは、日本人としてやっておくべき研究だと思っています。元の占領地域には、当時の日本語の新聞や雑誌がかなり多く残されていますので、現在は、これらの史料を探し出して、一つひとつ調べながら彼らの真の姿を掘り起こす作業を続けています。

現代の中国の光と闇を
小説や映画がどう表現する?

現代中国の経済発展は目覚ましく、今やGDP(国内総生産)で日本と肩を並べるほどです。しかし、一方で貧富の差や環境問題など社会問題が深刻化しています。こうした中国社会の光と闇を小説や映画がどのように表現するのか、非常に興味を持っています。将来、同時代の小説を翻訳し、紹介する仕事もしたいと考えています。

老舎の作品。老舎は文化大革命で
紅衛兵に暴行され、入水自殺を遂げた。


※所属・職名等は取材時のものです。