1890(明治23)年の創設以来、常に進化し時代の変化を捉え続ける“文”による価値創造が、慶應義塾大学文学部の伝統です。

1890

大学部開設 文学科設置

1890(明治23)年1月、慶應義塾の大学部開設にあたり、理財科・法律科とともに文学科が創立されました。当初は他の学科と同様に外国人教師が先導する体制でスタートしました。

1892(明治25)年の大学部文学科第一回の卒業生の写真です。真ん中に文学科主任のW.S.リスカムと同夫人がいます。初代文学部長となった川合貞一は前列左から2番目の人物です。

1889(明治22)年の『時事新報』に掲載された慶應義塾大学部の生徒募集の広告です。

1910

3専攻に分かれる

文学・哲学・史学の3専攻制をとり専門性を高めました。教授陣に、永井荷風、小山内薫、戸川秋骨、小宮豊隆、などの実力者が加わりました。

三田文学 創刊

文学科顧問であった森鴎外、上田敏の斡旋で永井荷風が編集主幹となる「三田文学」を創刊。慶應義塾出身者に限らず数多くの逸材を輩出してきました。休刊と復刊を繰り返しながら現在も刊行されています。

1912

図書館開館

創立50周年記念事業として図書館を新設。ネオ・ゴシック様式の建築は、曽袮達蔵・中条精一郎の設計によるもの。慶應義塾の象徴として今も愛され続けています。この写真は開館式当日の夜のイルミネーションの様子です。

1920

文学部へ

大学令に則り、新たに4学部からなる慶應義塾大学が発足した際、文学科、哲学科、史学科の3学科8専攻からなる文学部となりました。

1921

『史学』創刊

1910年ごろの結成とされる三田史学会の機関誌として創刊されました。現在も発行が続いています。

1925

『哲学』創刊

1910年に結成された三田哲学会の機関誌として創刊されました。現在も、哲学系、人間関係学系の研究発表の場として続いています。

1928-1938

文学部に15の専攻が設置される

1928(昭和3)年にそれぞれの専攻での研究を深化させ、自由選択の幅を拡充するため15の専攻学科が設置されました。1938(昭和13)年にこの15の専攻学科が大きく3学科にまとめられました。現在の17専攻の原点と考えられます。

1951

図書館学科開設

戦後日本の図書館および図書館員養成の再興のため、ワシントン大学図書館学科長ギトラー氏をはじめアメリカから派遣された講師陣により英語の授業でスタート。外部に向けては日本図書館学校(Japan Library School)と名乗りました。

大学院文学研究科、社会学研究科開設

新制大学院として、文学研究科および社会学研究科を開設。より専門性の高い研究への体制を整えました。

藝文学会発足と『藝文研究』創刊

戦後、文学、言語、芸術の研究を奨励するため発足した芸文学会の機関誌『芸文研究』は現在も研究成果発表の場を提供しています。

1963

社会・心理・教育学科開設

社会学専攻、心理学専攻、教育学専攻の3専攻が哲学科から独立して、新たな学科として開設されました。

1979

民族学考古学専攻

1914(大正3)年に史学科にできた考古室・民族室の伝統を受け継ぎ、新しく民族学考古学専攻が開設されました。

1981-1984

人間科学専攻開設、人間関係学科への変更

1981(昭和56)年、17番目の専攻として人間科学専攻が、複合的人間理解を目指して設立されました。1984(昭和59)年には、社会・心理・教育学科が人間関係学科へと名称を変更しました。5学科17専攻体制が確立しました。

1990

文学部開設100年

1990(平成2)年に、記念式典、シンポジウム、「三田の文人展」、「慶應義塾所蔵名品展」などが開催されました。

1994

自主応募推薦入試開始

高校時代に一定以上の成績を持つ現役高校生で、文学部を第一志望とする者を対象に、学力のみに偏らない選考を行う、文学部独自の入学試験を開始しました。

2000

5学科を人文社会学科に統一

学問研究の枠が広がり、学科・専攻間の連携が不可欠となった時代に向けて、1学科17専攻という改革を行いました。

2009

文学部古文書室設置

1969(昭和44)年に創設された「古文書室」は、慶應義塾の組織として文学部の下に正式に位置づけられ、「慶應義塾大学文学部古文書室」が設置されました。

2015

文学部開設125周年記念

日本の私学最古の文学部として歴史を刻んで来たことを記念し、記念式典、カズオイシグロ講演会、記念誌の発行、記念展示会などのさまざまな行事が行われました。