図書館情報学という専攻は、日本では限られた大学にしか存在しておらず、慶應義塾大学文学部の特徴の一つといえます。その歴史は古く、日本で最初に図書館学教育・研究を大学レベルでスタートさせ、さらに現代社会の大きな課題である情報の体系化を扱う専攻分野でもあります。その中で、私はデジタル技術を使い、古い写本や印刷本の解読を行うという、現代ならではの手法で研究を続けています。
そのきっかけとなったのは、慶應義塾が西洋最初の印刷本である“グーテンベルク聖書”の購入を機に立ち上げた、貴重書をデジタル化して新しい研究分野を切り開こうというHUMI(humanities media interface)プロジェクトでした。そこでは、利用に制約が多い古くて貴重な本をデジタル化することで、本にまつわる謎の解明と新たな研究領域の創出が目指されていました。
世界中に残されているグーテンベルク聖書は48セット(上下2巻で1セット)です。印刷というとすべてが同じだと考えられがちですが、実は17、18世紀頃の印刷本では、印刷中にも修正作業が行われるため、少しずつ違うのがふつうでした。15世紀半ばに印刷されたグーテンベルク聖書も、同じだとは限らないと考えられていたものの、すべてを比較することはそれまで不可能でした。それを、デジタル技術を使えば、正確で体系的な比較を行うことができると考えました。具体的には、世界で初めてグーテンベルク聖書を画像データで徹底的に比較検討することで、当時の印刷技術や作業工程、人々がどのように印刷された本の精度を高めていったかを明らかにすることができたのです。これはまさに、グーテンベルク聖書という西洋最古の印刷物と、現代の最先端技術、つまり、デジタルの融合ということになります。
これは、本と人の関係、印刷と人の関係を明らかにするという作業だといえます。書誌学とは、入れ物としての本のあり様、そこに記されている情報の意味と捉え方を再検証する研究とも言えるでしょう。これは、対象が写本であれ、印刷本であれ、近年登場した電子書籍であれ、変わりません。