15世紀の半ば、世界で初めて、活版印刷で書物が印刷されました。『グーテンベルク聖書』です。200部ほど刷られたうち、不完全なものも入れても世界に48部しか残っていません。それぞれ間違いを修正して印刷していますから、まったく同じ本はありません。その貴重な1部を1996年に慶應義塾大学が購入し、当時発足した「HUMIプロジェクト」がデジタル化しています。

私の専門は書誌学で、このデジタル画像を使って、『グーテンベルク聖書』の印刷術やレイアウトなどの研究をしています。グーテンベルクの印刷術は急速に普及し、世界に大きな影響を与えました。火薬・羅針盤と並ぶ中世の三大発明の一つですが、記録が何も残っていません。どんな経歴の何人の職人が、どんな手順で印刷し、間違った箇所がどう修正されたかなど、不明なことばかりです。

世界各地の『グーテンベルク聖書』を比較することで、それらの謎の解明のヒントが得られます。たとえば、修正箇所から見えてくるものがあります。職人たちが分担して複数の印刷機を使っているのですが、間違いが見つかると印刷機を止めて修正しています。そのとき、ある職人グループはデザイン的な修正ばかりしているのに対して、別の職人グループはラテン語のスペルミスまで、きちんと修正していることがわかります。こうした比較を重ねることで、作業工程の様子を細かなところまで推測できます。

文字をデジタル化できればさらに研究が進展

『グーテンベルク聖書』の研究は世界中で行われ、長い歴史を持っています。もはや研究し尽くされたのでは、と思うかもしれません。しかし、古い研究テーマでも、新しい研究方法や研究技術が開発されれば、新しい発見が生まれます。『グーテンベルク聖書』は第一級の稀覯本ですから、実物は厳重に管理され、簡単に手にすることはできません。でも、デジタル化されてWEBで公開されれば、誰もがどこからでも自由に研究できます。実際、慶應義塾大学所蔵本とケンブリッジ大学所蔵本の同じページのデジタル画像をパソコンで呼び出して重ねれば、短時間で正確に比較できます。こうして、技術で研究をステップアップできるのが、面白いところです。

今はページ全体がデジタル画像化されているのですが、技術が進んでコンピュータで一つ一つの文字を自動でデータ化できれば、文章の比較や修正の傾向の把握が簡単にできるようになるでしょう。研究がまた飛躍的に進むのではないかと期待しています。

15世紀に印刷された聖書の1ページ。
学生に本物に触れて欲しいと「書誌学」の授業で紹介している。