私の専門分野は、13~18世紀のアラブ・イスラーム史、マムルーク朝・オスマン朝期の都市社会史です。現在は、ナイル・デルタ地帯の地方都市マハッラ・クブラーのイスラーム法廷台帳を読み進めながら、オスマン朝期の都市構造と社会の解明に努めています。

イスラーム法廷台帳は、当時、登記簿の役割も果たしていました。さまざまな物件の売買や賃貸借契約の記録などが載っています。それらを読み込むと、人々の生活のいろいろな側面がわかってきます。人と人との関係や家族のこと、経済活動、商工民の組合活動、地方の有力者の社会的影響力なども見えてきます。このアラビア語史料をもとに、都市の「全体史」を再構築することを目指しています。

イスラーム法廷台帳の中で、現在注目しているのがワクフの記録です。ワクフとは、イスラームの寄進財産のシステムです。個人で所有している土地や建物をワクフ物件として設定し、そこから得られる収益で永続的に慈善活動が行われます。そのお金は、病院やモスクや学校の運営に使われ、貧しい人々の救済に役立てられました。ワクフの設立者は、自分の死後も最後の審判まで善行を積むことができ、天国に行く可能性が高まると考えたのです。そのため人々の間で大きな流行となります。実は、これが都市の社会資本の整備にも大きな役割を担いました。また、救貧や富の再分配のシステムとして機能していることは、非常に興味深いことです。ワクフ関連の記録は、当時の社会の解明に大きな手がかりとなります。

イスラームの多元共存のあり方が参考に

日本では、イスラーム教徒は狂信的で激しい政治運動を行っている、といったイメージを持つ人が少なくないように思われます。一面的な報道の影響でしょう。しかし、歴史形成的な視座からイスラームを捉えれば、違った姿が見えてきます。イスラーム世界では、多様な言語や宗教の人々がうまく共存する方法が追究されていました。諸民族の往来が盛んでしたし、もともとユダヤ教徒やキリスト教徒が多い地域にイスラームが広まったという事情もあります。オスマン朝期には、イスラームが支配的であっても、異教徒が多彩に活躍できるシステムが成熟の度を深めていました。こうしたイスラーム的な多元共存の優れた伝統は、今も人々の間に生きています。

中東イスラーム世界が人類史の中で、果たしてきた役割は重大です。そうした知識を持つことは、これからの世界を生きる上でますます重要になってきます。イスラームの歴史や良き伝統を伝えて、固定的なイスラーム認識を少しでも変えられたらと思っています。

エジプトの地方都市
マハッラ・クブラーに遺る16世紀初頭の商館。