私は、中世後期から近世初頭にかけての倫理学と哲学にまたがるテーマを中心に研究しています。出発点は、中世を現代の視点から見るのではなく、当時の人々の視点で見直すこと。たとえば、中世哲学は長い間、唯名論、実在論、概念論といった枠組みで語られてきましたが、果たして本当にそうなのか?その視点で書いたのが『普遍論争—近代の源流としての』です。中世の人々の視点でもう一度論争を丁寧に読み解くことで、実はその枠組みは19世紀に作られた嘘であることがわかりました。伝統的な見方でも、当時の人々の視点に立ち上って見直せば、まだまだ新しい発見ができます。こうした思想の読み替えをやり始めて、20年近くなります。

中世哲学というと、古くさいのでは、とよく言われます。『天使の記号学』は、中世研究の現代的な意義を念頭に書きました。身体を持たず、心と心が通じ合う天使と、ケータイやネットなど身体性を伴わないコミュニケーションをする現代の若者。清らかであると同時に、暴力性も備えた天使と、大人しそうに見えて、切れやすさを持つ若者。中世の天使と現代の若者を重ねて論じることで、現代の問題に迫り、その特殊性を浮かび上がらせることを目指しました。

現在取り組んでいるのが、情念の問題です。情念は時に人を過ちに導くもので、古代からどうやって乗り越えるかが倫理学の課題でした。しかし、最近の大脳生理学の研究では、情念は適応システムの一つとして捉えられています。知性や理性の判断は時間がかかり、リアルタイムな反応は難しいため、情念が適切に対応しているというわけです。こうしたことも踏まえ、倫理学で情念を考え直す必要があると考えています。研究のもとになるのが、中世の膨大な文献です。フランスやイギリス、アメリカの図書館でデータベース化され、PDFで閲覧できます。それらを読み解くことから始めています。

西洋中世学会が発足。
学際的活動で有用性を持った研究を

2009年4月には西洋中世学会が発足しました。歴史、文学、哲学、音楽など異分野の人が集まり、学際的に中世研究を発展させようという学会です。そこでも情念論は大きなトピックになるでしょう。情念の研究から新しい価値の概念が生み出され、人々の購買衝動を喚起し、経済活動にも貢献できるかもしれません。倫理学の研究を通して、現代の人々の行動や人生観、社会の問題に一つの答えの可能性を示せたら。私はそう考えて、研究に取り組んでいます。

中世哲学の研究から
現代の問題を考え、積極的に働きかけていく。